公式キャラクター「ハルオ」
災害ボランティアの参加を考えている人はぜひ読んでね!
営業部の山本です。
能登半島地震から4ヶ月が経過しました。
弊社では1月に社員から義援金を募り、60,230円を石川県の自治体に寄付しました。
今回は、3月末に災害ボランティアに参加した経験から、登録から当日の活動内容までの体験記をお伝えします。
今年の能登半島地震を始め自然災害が多い日本。
災害ボランティアは現地の方にとって、とても助けになる存在です。
読者の方には、その災害ボランティアに参加して少しでも助けになりたいという方がいるかと思います。
しかし、参加するときは少し不安がありますよね。
・災害ボランティアってどこで登録するの?
・どんな服装で行けばいいの?
・持ち物は?
・どんな活動をするの?
このような不安を持っていて一歩を踏み出せない方には参考となる記事です。
わたしも当日の服装や持ち物、そしてどんな人が参加しているのか、不安を抱えながら当日を迎えました。
この記事でそんな不安が解消され、支援参加のきっかけとなればと思います。
目次
1.能登半島地震の災害ボランティア登録
2.当日の服装と持ち物
3.現地の活動とは?
4.まとめ
※情報や状況は3月下旬時点のものです。今は少し変わっているかもしれませんのでご了承ください。
1.能登半島地震の災害ボランティア登録
まず、災害ボランティアとはどういうものでしょうか?
内閣府のサイトでは『地震や水害、火山噴火などの災害発生時から復興に至るまで、被災地のために復旧・復興のお手伝いを行うボランティア活動を指す』とのこと。
詳しくはこちら:内閣府防災情報のページ
わたしの場合、3月中旬に、次の休みは災害ボランティアに参加しようと思い、まず探したのが登録サイトでした。
能登半島地震の災害ボランティアは福井県が募集していることを知り、早速登録しました。
登録自体は簡単にできました。
こちらが登録サイトです。
災害ボランティア | 福井県ホームページ (fukui.lg.jp)
期間を区切って募集をしているようです。
こちらのサイトには服装や持ち物のことも記載されているので安心ですね。
基本的にここに記載されているモノを持っていけば問題ありません。
2. 当日の服装と持ち物
そしてボランティア活動当日、福井県立大学の駐車場に集合、名前を伝えて登録を確認していただきました。
バス1台貸し切りで、約20人の参加者と県の担当者が乗車していました。
大学生っぽい方、ボランティア活動ベテランと思われる方、女性も含めて性別と年齢は様々。
参加した日は雨予報だったので、レインウェア上下に長靴を履いてバスに乗り込みました。結果的にこの服装は大正解でした。
その他、ウエストポーチとバックパックに入れたものを以下に記載します。
・ウエストポーチに入れたもの:貴重品、替えのマスク、モバイルバッテリー、ウェットティッシュ、グリップ性のある厚めの手袋
・バックパックに入れたもの:コンビニ食料、着替え、タオル、ビニール袋
・その他持ち物:替えのスニーカー、ヘルメット
出発の際、県の担当者から記名ラベル(シールタイプ)をもらい、そこにカタカナでフルネームを書いてウェアの見やすい部分に貼りました。サテン生地に印刷されていて、貼って剥がせるタイプでした。
記名ラベルです
午前4時45分出発、約4時間かけて石川県珠洲市に向かいました。
道中、特に七尾市を越えたあたりから道がなくなっている場所が多数あり、復興なんて全然進んでいない、まだ片付けも終わっていないことを知り衝撃を受けました。
珠洲市に向かう途中には、道が崩れているところが多数あります
3. 現地の活動とは?
午前9時前に珠洲市の災害ボランティアセンターに到着すると、早速オリエンテーションが始まりました。
注意事項などが書かれた紙をいただき、内容を確認します。
※活動場所(被災宅)の写真はプライバシーの観点から撮影不可です。
オリエンテーションの後にグループ分けを行い、人数によって活動場所のマッチングを行いました。
災害ボランティアセンター受付
トイレは依然として水が出ません(3月下旬時点)
災害ボランティアの主な活動内容は、被災住宅に残った家財の後片付けと瓦礫の撤去です。
瓦礫の撤去は、手で片付けることができる小さい瓦礫を撤去していきます。
この日は午前と午後2か所で活動しました。
午前に向かった被災宅は災害センターから約5キロにありました。
グループメンバー約15人が軽トラ5台とハイエース1台に分かれて乗車し、助手席に乗った人がナビ役として道順を指示します。
QRコードがいろんな場所で使用されていて、被災宅への道順もQRコードからMAPに飛んで簡単に特定できるという仕組み。
QRコードはすごいですね。
向かう途中、全壊、半壊している住宅を多く目にし、瓦礫を片付けるだけでも数年かかるのではないか?と感じました。
復興はその先ですから、このままでは10年以上かかるのではないでしょうか。
約30分かけて活動場所に到着。
こちらでは納屋が4つありましたがすべて全壊し、本宅は一部が損壊しているとても悲惨な状況でした。
複雑な気持ちでしたが、まずは家財道具の後片付けを実施しました。
数人で家財を軽トラに乗せ、それを災害ゴミセンターへ運ぶ、これを繰り返し撤去が必要な家財を順調に片付けました。
グループでは事前にリーダーを決めていて、そのリーダーの指示の元、雨の降る中テキパキと作業を進めていきます。
家財後片付けの後は、撤去できる大きさの木材を軽トラに積み、この場所での活動を終えました。
活動時間は約2時間ほどでした。
終了後、被災に遭った方から温かい感謝の言葉をいただき、とても嬉しかったことを覚えています。
ただ言葉にならないほどの酷い状況の中、感謝を言葉をいただいたことに少し申し訳なさもありました。
終了後、メンバー全員で一度ボランティアセンターに戻り、昼食を摂りました。
なんとこの日は炊き出しがあり、コンビニ食も持っていたのですが温かい炊き出しの食事をいただきました。
炊き出しの食事。温かくておいしかったです
昼食後、次の活動場所のマッチングのためバスで待機し、しばらくするとマッチングが決まりました。
わたしはグループリーダーを指名され、軽トラではナビ役をしました。
QRコードから地図を読み込み向かいましたが、途中の道路は陥没していて、さらにいまにも崩れそうな崖を横目に見ながら慎重に進みました。本当に今回の地震の被害は深刻です、、。
一番怖かったポイント。今にも崩れそう、、、
40分程度かけて到着、この場所では飛散したレンガ瓦を軽トラに乗せる作業を実施。
グループリーダーといってもみなさんがテキパキと自分で動いて作業をしてくれたおかげで、わたしは時間だけ気にして作業を進めました。
時間のない中、予定どおり30分程度で順調に瓦を片付けることができました。
軽トラに積まれたレンガ瓦
終了後ボランティアセンターに戻り、リーダーとして活動報告書を担当者に渡して作業完了!。
最後に温かいお茶をいただき、汚れたレインウェアや長靴を脱いで帰りのバスに乗り込みました。
福井県立大学に到着して解散したのは20時すぎでしたが、とても充実した1日でした。
当日実際に活動した時間は約3時間でした。雨の影響や福井からの距離もありますが、もう少し活動時間があるといいですね。
4. まとめ
当日は福井以外からも多くのボランティアが集まっていて、困難な状況下でも全国から集まった人々が団結し、助け合う姿勢の大切さを学びました。感謝の言葉を聞いたとき、自分一人の小さな行動が大きな支えとなることを実感しました。
一方で、約3か月経過した時点でも全壊した家屋が多く残っていました。
復興どころか復旧すら進んでいない状況に大変ショックを受けたことをいまだに覚えています。
ボランティアセンターでは多くの人が運営に協力していました。
災害ボランティアは危険な場面もありますので個人の判断で参加しましょう。
大切なのは持続可能な支援体制を継続していくことだと思います。
決して無理はせず、いろんな形で支援したいですね。